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東京地方裁判所 昭和43年(特わ)250号 判決

主文

被告人を懲役六月に処する。

ただし、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和一五年三月陸軍士官学校を卒業し、陸軍少佐に昇進して終戦を迎え、そのご航空自衛官となつて、昭和二九年八月二〇日航空幕僚監部所属を命ぜられ、以後おおむね同幕僚監部に勤務し、その間昭和三六年一月一日付で一等空佐となり、昭和三七年七月一六日付で同幕僚監部装備部装備課計画班長を命ぜられてから、昭和四一年二月一六日同幕僚監部防衛部防衛課勤務を命ぜられるまでは、主としてバッジ(半自動航空警戒管制組織)関係の業務を担当し、ついで同年四月三〇日同幕僚監部防衛部防衛課長となるや、防衛および警戒計画に関すること、部隊および機関の組織、定員編成配置に関すること、装備基準および装備表の作成に関すること、業務計画の作成および実施調整に関すること、防衛および警備についての研究に関すること、防衛部内の事務の総括に関することなど枢要事務の全般を所管担当していたものである。これよりさき、昭和三七年度から始まる第二次防衛力整備計画の一環とされていたバッジ計画は、完成が遅れ、けつきよく、いわゆる第三次防衛力整備計画に盛り込まれることとなつたが、バッジの機種は昭和三八年八月ころ米国のヒューズ社のものと決定され、ついで翌昭和三九年一二月には、同社と技術提携をしていた日本アビオトロニツクス社との間にバッジ本体につき総額一三〇億円の契約が成立し、その完成予定も昭和四三年三月三一日とされていた。被告人は、昭和三七年夏前記幕僚監部装備部計画班長をしていた当時右ヒューズ社の極東担当社員として自衛隊に対し、バッジの機種として、同社のものを採用するように働きかけていたジョー・沖本と知り合い、ことに同年九月アメリカ出張のさいには、同人より格別の世話を受け、そのごも同人とバッジ組織の調査などに関して、親しく交際していたところから、いずれも、同人から懇請された結果、

第一  昭和四〇年一一月下旬ころ、東京都千代田区永田町二丁目一〇番三号所在の東京ヒルトンホテル内において、ジョー・沖本に対し、職務上保管していた秘の表示のある航空自衛隊の秘密文書「三次防地上通信電子計画概要(案)」をほしいままに貸与して閲覧させ、

第二  昭和四一年六月下旬ころ、同都千代田区平河町二丁目九番地所在の北野アームス内において、ジョー・沖本に対し、職務上保管していたいずれも秘の表示のある航空自衛隊の秘密文書「昭和四二年度航空自衛隊業務計画説明資料第一分冊」、「第三次防衛力整備計画について」および「第三次航空防衛力整備計画の概要」をほしいままに一括貸与して閲覧させ

もつて、それぞれ、職務上知ることのできた秘密を漏らしたものである。

(証拠の標目)〈略〉

(法令の適用)

被告人の判示第一、第二の各所為は、いずれも自衛隊法五九条一項、同法一一八条一項一号に該当する。

被告人は、冒頭掲記のように、航空自衛隊の幕僚監部の重要な地位にあつて、他の自衛官の範となるべき立場にあつたにもかかわらず、自衛隊内の規律を乱し、自ら秘の指定をした文書をも貸与したものであつて、このような行為にでた被告人の刑事責任は軽いものではない。

そこで、各所定刑中懲役刑を選択し、以上は、刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、犯情重いと認める判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人を懲役六月に処し、被告人が、このことで懲戒免職となつたことなどの事情を考慮し、同法二五条一項一号を適用して、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して、全部これを被告人に負担させることとする。

(本件における争点と弁護人らの主張について)

一自衛隊法五九条の秘密について

検査官は、同法五九条の秘密とは、いわゆる形式秘であると主張し、弁護人は、同法の右秘密は、いわゆる実質秘でなければならないと争う。すなわち、弁護人および被告人は、被告人が沖本に貸与したとされている「三次防地上通信電子計画概要(案)」(以下「通電案」という)、「昭和四二年度航空自衛隊業務計画説明資料第一分冊」(以下「業務計第一分冊」という)「第三次防衛力整備計画について」(以下「について」という)および「第三次航空防衛力整備計画の概要」(以下「概要」という)に秘の表示はあつても、その内容となつている事項は、自衛隊法五九条にいう秘密にあたらないと主張する。以下順次検討する。

(1)  意義

自衛隊法は、「隊員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない」(同法五九条一項)と規定し、これに違反した者に対しては、刑罰を科する旨規定している(同法一一八条一項一号)。ところで、ここにいう秘密とは、いかなる事項を指称するかについては、直接法文上明確に規定されていないから、解釈等によつてこれを明らかにすることを要する。そのさい、隊員のたんなる服務規律違反にとどまらず、刑罰の対象となるべき事項である点にかんがみ、とくに罪刑法定主義の精神に則り、刑罰法規が不当に拡張されて適用されることのないよう慎重に解釈することが必要である。すなわち、上司の職務上の命令の一形式とも考えられるところの形式上の秘密指定があるという一事によつて、ただちに、その漏洩が刑事法上可罰的であるというふうに判断すべきでなく、真にその実質が行政上ないしは国の防衛政策上秘密の取扱いをする必要性、相当性、有効性があり、それが刑罰の制裁によつて保護されるに足りる実体を備えているかどうかを考えるべきである。かかる意味における秘密を自然秘というか、あるいは実質秘というか、その用語上の穿さくは別として、当該秘密が知識、情報、資料等の何たるを問わず、少なくとも、文書、図画または物件であるときは、その所管の行政庁によつて適式な手続を経て秘密の指定をするほか、その秘密とするべき合理的な根拠をもつことを要する。なんとなれば、刑罰によつて漏洩から秘密を守ることが法意だからである。

ところで、防衛庁設置法により組織された防衛庁は、自衛隊の管理、運営、これに関する事務を行う任務を有し、さらに同法に根拠をおく自衛隊法においては、自衛隊は、わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し、わが国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当るものとする(同法三条)とされ、それぞれ法律に定める目的達成のため、防衛庁設置法においては、任務の能率的遂行をはかるにふさわしい合理的な組織と運営面に関して規定し、自衛隊法においては、自衛隊の任務、自衛隊の部隊の組織及び編成、自衛隊の行動及び権限、隊員の身分取扱等に関し具体的に定める。防衛庁については、いわゆるシビリアンコントロールの実をあげることを期し、これを総理府の外局とする一方、自衛隊の指揮監督につき内閣総理大臣をもつて最高指揮監督権者とするとはいえ、自衛隊は、一般行政機関と異つた特殊の任務をもつ。そして、自衛官は、命を受け、自衛隊の隊務を行なう(防衛庁設置法五九条)。また、隊員は、自衛隊法五二条に定める服務の本旨に則り、職務遂行の義務、上官の命令に服従する義務等のほか、秘密を守る義務を負う。隊員のこれらの義務は、いずれも隊員の服務に関する。服務は、いつぱんに自衛隊の任務を離れて考えることはできない。とりわけ、秘密を守る義務については、自衛隊の任務を主眼として判断することとなろう。けだし国家機関による秘密指定の基準が合理的かどうかを知るうえにも、また秘密が実体を備えるものかどうかの判断の基準ともなるとおもわれるからである。

つぎに、自衛隊の秘密について考えるばあい、日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法における防衛秘密を判断の参考にすることも、決して無駄ではあるまい。すなわち、これにより秘密の実体を合理的に推認することも必要であるからである。さらに、ここにいう秘密は、たんなる指定秘を意味せず、刑罰制裁によつて保護されるにふさわしい実質を備えた秘密であるとする以上、事柄の性質上、それに相当するか、否かの判断に当つては、当該秘密の対象そのものを公判廷において公開するに適しないばあいもあることが当然予想されるから、当該国家機関により秘密の種類、性質等のほか、秘密にする実質的理由を明らかにさせることによつて秘密の実体を推認することは、是非必要であり、また可能であろう。すなわち、具体的には、当該秘文書の立案過程、秘指定の手続ならびに秘指定を相当とする具体的理由さらにその秘密事項の解除手続についても、これを明らかにすることが必要となろう。

なお、右の秘密の指定については、外部から認識できるように表示されていることを要すると解するが、それが文書であるばあいには、その文書の表紙に表示されていれば足り、それが一体をなしている以上、その中の各事項ごとに表示されていることを要しないものと解する。けだし、刑罰によつて、保護される秘密というためには、如何なる人もこれを外部から了知しうる状態にあれば、それで十分であるからで、それは、また、前示罪刑法定主義の要請にも適合するといえるからである。

(2)  本件各文書の秘密性

以上のような観点に立つて、本件の「通電案」、「業計第一分冊」、「について」および「概要」の各文書の秘密性について考えよう。

(イ) まず、右各文書の成案過程および秘指定手続についてみることとする。

1 「通電案」

右文書は、証人鏑木健夫の説明によると、防衛庁で昭和三九年八月ころから第三次防衛力整備計画の立案作業が始められ、昭和四〇年一一月ころまでに、その総括草案ができあがり、そのうちの地上通信電子計画に関する一項から一一項目にわたる草案としてつくられたものであり、それらは、個々のものではなく、互に関連したもので、全体として秘密扱いとされるべきものとして、そのころ航空幕僚監部防衛部運用課で立案されたこともあり、同課の課長であつた右証人の手で自ら管理者ならびに確認権者として昭和三三年一一月一五日防衛庁訓令第一〇二号秘密保全に関する訓令(以下「訓令」という)およびそれにもとづく昭和三五年一月一四日航空自衛隊達第一号秘密保全に関する達(以下「達」という)に準拠して秘の指定をしたというのである。そして、右証人によれば、同文書は、昭和四〇年一一月一九日付で二〇部作られ、これに一連番号を付して関係部局に配付され、そのご昭和四一年二月一五日までに破棄されるという条件がつけられ、その間各部局において調節して再検討されるべきものであるということである。

2 「について」「概要」

証人白川元春の供述と右各文書の前掲各抄本とによると、右文書中「概要」は、昭和四〇年八月一八日空幕防衛部防衛課において立案作成したものであり、また「について」は、昭和四一年二月同課で作られ、前者が三〇部、後者が二〇部準備され、いずれも、そのころ空幕防衛部防衛課長であつた白川元春が前記訓令および達に基き、自ら管理者兼確認権者となつてそれぞれの秘の指定をしたことが認められる。そして右証人によれば、これらは、第三次防衛力整備計画の立案推進として、わが国の航空自衛隊は向う五年間においては、いかにあるべきかという基本的な考え方を示しており、さしづめ国防会議の事務局ならびに内局に説明するためのもので、全体として秘の指定をしたというのである。

3 「業計第一分冊」

右文書については、証人遠藤彰の説明によると、昭和三八年七月から昭和四一年八月まで、空幕防衛部防衛課業務計画班に所属していた右遠藤彰は、昭和四二年度の航空自衛隊の業務計画の立案に関与し、そのため昭和四〇年一〇月からその準備をはじめて昭和四一年五月末に内局に提出する案の作成を終え、これにもとづいて、同年六月中ころ、内局に対して、業務計画の説明をしたが、そのさいの説明資料としたものが、この「業務第一分冊」であつて、第二分冊以下において、それぞれの業務に個別的な説明のあるところを整理して総括したものであり、これには、方針と主要基本計画が盛り込まれ、これの秘の指定については、そのころ、防衛課長をしていた被告人自身が、前記訓令および達に準拠し、管理者ならびに確認権者としてこれをしたものであるというのである。

4 以上の経過に関連して、ここで前掲「訓令」「達」について述べるとともに、これが効果について言及すると、佐々木寿の司法警察員に対する供述調書ならびに右訓令によれば、航空自衛隊において作成された文書で秘密の保全を必要とするものは、前掲訓令第一〇条秘密区分の指定についての規定により、同訓令第五条の規定にもとづく「機密」「極秘」「秘」の三段階に区分された段階のいずれかにその文書を指定することが義務づけられており、管理者またはその職務上の上級者が、これら秘の区分を実施することとされており、そして右訓令の規定にもとづいて定められた前掲達第九条の規定には、機密の、第一〇条の規定には極秘の、第一一条の規定には秘のそれぞれの基準が定めてあることがわかる。

ところで右訓令は、日米相互防衛援助協定等に件う秘密保護法に規定する防衛秘密およびその他別に定める秘密の保護に関するものを除き、防観庁における秘密の保全のため必要な措置を定めることを目的とし、防衛庁ないしは自衛隊のもつ前示のような特殊任務の遂行達成上、職員には特に秘密の保全を義務づけ、さらに防ちようを強調する一方、秘密区分の基準、変更および解除ならびに標記の表示等に関する詳細を規定し、また、それら秘密の取り扱いや管理についても入念な規定がもりこまれている。そしてそれを受けて、さらに達には、一二章五一条にのぼる秘密保全のための必要事項を定めている。このように詳細で厳重な秘密保全の準拠手続が定められていることは、当然その前提として当該国家機関による適切妥当な運用基準があつてそれによつてそれぞれの秘密保全の措置をしているものと考えられる。もちろん、そのさい一片の秘の指定があつたからといつて、ただちにそれが実質的に秘密に値するというふうに速断できないけれども、推定の問題として、右のような手続規定により責任ある国家機関による適式な秘の指定という処分があつたときは、これにより実質的にも、反証のないかぎり、秘密にあたると考えられるばあいがあろう。したがつて、前示のような経過のもとに、それぞれ適式な手続をふんで厳重になされたと認められる前記各文書に対する該当係官の判断は一応尊重すべきであろう。

(ロ) つぎに、右各文書につき、秘密とされる主な項目およびそれが当局によつて実質的に秘密とされる理由についてふれることとする。

1 「通電案」

証人鏑木健夫の供述と前掲「通電案」の抄本によると、「通電案」の中で、秘密とされる項目は、①(以下便宜一連番号で特定する)レーダー改換装、②AEW機(早期警戒機)用地上通電設備、③対空通信強化、④特定情報回線、⑤通信電子戦であるとされる。そして同証人によれば、こちらが秘とされる実質上の理由として①には、第三次防衛力整備期間中に改換装される二四個のレーダーの位置、改装する種類が記載され、日本の防空能力の現状、弱点がわかり、②には、レーダーを塔載した警戒機に関する地上通信のための設備をするポジションとその内容が記載され、③には、半自動警戒装置いわゆるバッジにおける滞空している飛行機と地上局との間の対空送信装置(GAT)、対空送受信装置(GAG)を設置する地点と設備の内容が記載されていて、バッジの弱点がわかるもの、④は、司令部と部隊とにおける情報伝達のための回線設置計画が示され、設置の場所、年度別設置計画が記載されて、航空自衛隊がある地点で情報関係の収集をやつているという状態を暴露するもので高度の機密性があるもの、⑤には、ECCM(電波妨害対抗装置)を付加するレーダーの年度別の記載があり、弱点を暴露し、将来の能力増をうかがいしることのできるものであり、右①②③は、一口にいうと航空作戦に必要な器材のいわゆる三次防計画における増強の状況を記載しており、前記「達」一一条(秘に指定すべき基準)の一号(平常時における航空自衛隊の部隊行動、配備計画および主要補給品、施設等の配置計画ならびにこれらに伴う命令、報告等で秘密を要するもの)、三号(航空自衛隊の出動実力の一部をは握するに足る情報)に、また、④は、前記「達」九条(機密に指定すべき基準)の七号(訓令第五条の(1)に照らし機密に指定することが適当であると認められるもの)に、⑤は、前記達一一条一号、三号のほか一〇号(技術開発に関する計画のうち極秘に該当しないが秘匿を要するもの)にそれぞれ該当するというのである。

2 「概要」

証人白川元春の供述と前示概要の抄本によると、本件文書の中で秘密とされる項目は、⑥現有防衛力の問題点の中の「防空作戦能力」、⑦同所中の「その他」、⑧防衛力整備の方針、⑨主要防衛能力の整備方針の中の「防空作戦能力」、⑩同所中の「情報能力」、⑪同所中の「通信および電子戦能力」、⑫主要部隊整備計画および部隊配置、⑬通信電子計画、⑭航空機装備計画、⑮弾薬の備蓄、⑯研究開発計画、⑰ナイキ部隊整備計画であるが、これを実質的に秘とした理由として、⑥には、防空作戦に関する問題点として、撃墜率の具体的数字、F一〇四戦闘機の弱点、ナイキの対空誘導弾の弱点が記載され、⑦には、弾薬の不足について、数字をあげてはいないが、その種類、区分をいつているものであり、⑧は、第三次防衛力整備期間中の整備についての基本的な考え方が記載され、防衛力整備の方向を示すもの、⑨は、F一〇四戦闘機に付与したい機能、将来取得する戦闘機の選定条件、ナイキ部隊の増強と装備の改善、新レーダーの装備についての記載があり、これにより、わが方の弱点ないし今後の装備の方向も判明する。⑩には、三次防期間における情報機関に増強する二つの機能に関する記載があり、⑪には、ECCM能力をつけるレーダーの種類の記載があり、⑫には、航空機をもつている部隊、ナイキ部隊などの編成、廃止、移動の一覧表があり、⑬は、ECCM能力をつけるレーダーの種類と新しいレーダーの取得についての記載があり、⑭には、F一〇四戦闘機につける機能のことと新戦闘機の条件を含めて、三次防期間中に取得する航空機のことが数字で示されており、⑮には、弾薬の各年度の取得数量が記載され、あわせて三次防末における弾薬の備蓄について言及しており、⑯には、F一〇四戦闘機につける機能のこと、どういう対空誘導弾にするかという研究、電子戦についての研究が記載され、⑰には、三次防期間中に増強するナイキ部隊の編成時期、場所、ナイキハーキュリーズに改変することが記載されており、⑥⑦は前記「達」一一条の三号に、⑧⑩⑫は、前記「達」一一条の二一号(訓令七五条の(3)に照らし秘に指定することが適当であると認められるもの)に、⑨⑪⑬⑭は、前記「達」一一条の九号(将来使用されるものを含み訓令第五条の(3)に該当する装備品等ならびにこれらに関する資料または情報)に、⑮は、前記「達」一一条の三号、九号に、⑯は、同一一条の一〇号に、⑰は、同一一条九号、二一号にそれぞれ該当するというのである。

3 「について」

証人白川元春の供述と前記「について」の抄本によると、「について」の文書中で秘密とされる主たる項目は、⑱防衛力整備の基本方針、⑲防衛力整備の重点項目、⑳バッジの現組織の完成時における能力、用法、問題点ならびに三次防における整備目標、防空組織(バッジ要撃機対空ミサイル)の運用要領とその能力、兵器からみた外国の航空攻撃能力および我が防空能力の進歩発展の見通し、戦闘機の整備について、弾薬の整備、「その他」という項目であるが、それらについて秘の指定をした実質的な理由として、⑱には、どういう事態に対処する防衛力を考えるかということと五年間の整備についての基本的な考え方が記載され、⑲には、F一〇四戦闘機につける機能、新戦闘機についての基本的な考え方、ナイきの増強、新しいレーダーの採用、弾薬の備蓄などが記載され、⑳には、昭和四二年度末に建設が終るバッジの処理能力すなわちレーダーに写つたものを主に計算機を使用して分析し敵味方を判別し、敵機を迎撃する戦闘機をコントロールする能力、地区別の能力が数字で記載され、には、三次防末における迎撃機、戦闘機の数、対空ミサイルの数、それらの運用関係、撃墜率などの記載があり、とくに、後者については、Wargameによる相当詳細な数字も示されている。については、三次防末における将来の航空機およびミサイルの進歩の見通しとの関連で撃墜率に触れ、新戦闘機の必要性が記載され、には、F一〇四戦闘機に付与する機能、新戦闘機の必要性、時期、数量が記載され、には、F一〇四戦闘機の塔載弾薬、ナイキの弾丸について、三次防末までに取得することを要する数量の記載が年度別に具体的数字をもつて示されてあり、の「その他」には、ナイキ部隊を配置する位置、年度、弾丸をナイキアジャックスからナイキハーキュリーズに変えることが記載されており、⑱は前記「達」一一条二一号に、⑲⑳は同条三号、九号、二一号に、は、同条三号、二一号に、は、同条九号、二一号に、は、同条三号、九号にそれぞれ該当するというのである。

4 「業計第一分冊」

証人遠藤彰の説明と業計第一分冊抄本によると、「業計第一分冊」の中で秘密とされる主たる項目は、第2、主要業務1、自動警戒管制組織の建設整備、(1)、ア「自動警戒管制組織機器等設置領収計画の概要」(表)、右同エ「要員の充足」、右同カ「自動運用に必要な部隊練成訓練」第2、2現態勢の内容充実(3)後方態勢の整備中ア、(イ)の「F一〇四Jの可動率の見通しを見積る」という項目、右同ウ、「行動用資材を取得し配分を推進する」(表)という項目第2、3、(1)中アの「高射部隊の建設構想」(一覧表)同(1)中イ、(オ)の「施設計画」(一覧表)、同(1)中イの「ナイキ特技員充足見積」、「基礎となる諸計画」のうちの第1「年度別基幹部隊整備計画」、同第2「四二年度主要部隊編成配置計画」、同第3「航空弾薬整備計画」、同第4「ナイキミサイル整備計画し、同第5「地上火器用弾薬整備計画」という項目であるが、それらにつき、秘の指定をした実質的理由として、には、昭和四一年度から昭和四二年度の間に機器を設置すべき場所の設置領収にともなう作業順序計画の表があり、或る時期における或るサイトの状況を知りうる内容となつており、これを知れば、攻撃を意図する者に対し、わが方の弱点が明らかになつている。には、バッジ操作員バッジ整備員それぞれの要員充足見積表があり、昭和四一年以降昭和四四年までの間の毎年四半期ごとにバッジ操作員、バッジ整備員の養成されていく数が示されて、バッジの能力が判断される資料があり、には、昭和四一年度から昭和四三年度までの間における各方面隊ごとの機材の運用能力、バッジの運用能力を知りうる表があり、これを見れば、わが方の在来の機材の運用能力というものが判断されることになる。また、には、昭和四一年度から昭和四三年度までの間における各航空団ごとのF一〇四戦闘機の可動率が数字で示されており、これは、この国の秘密の一番大きな対象となつている。には、昭和四二年度において取得し、配分する弾丸その他行動用資材の数量を数字で示す表があり、には、高射部隊の設置場所、時期、規模を示す表、その部隊展開に至るまでの用地取得、施設工事の概要、養成するナイキ操作員を数字で示す表があり、には、廃止になる部隊、新設される部隊、保有すべき機種を時期的に明らかにする線表があり、には、によつて示されたものの関連でそれがどこにあるか年度ごとに明瞭に示す表があり、には、備蓄弾薬類の取得計画、AAM(空対空ミサイル)取得計画、訓練用航空弾薬使用計画、落下タンク備蓄計画などいざという場合の実力の一部をは握するに足る資料があり、には、ナイキに必要なミサイルの昭和四七年度までの年度ごとの取得数が記載され、には、航空機に塔載しない小銃、機関銃の弾薬の年度別備蓄、取得計画、訓練用使用計画などいざという場合の実力の一部をは握するに足る資料があり、は、前記「達」一一条三号に、は、同条一号、三号にそれぞれ該当するというのである。

(ハ) 以上(イ)および(ロ)に認定したことからわかるように、本件各文書の成案過程ならびに秘指定の手続、とくにその秘指定については、当局において厳重な基準のもとに厳格な手続を経て行なつており、係官のし意や惰性によることなく、さらにその秘密の保全手続についても散漫になることなく、とりわけ秘密事項の解除に関する詳細な手続を定め、現にこれをそのとおり実施し〔例えば、「秘密作成配布簿」の記載を参照〕徒らに秘指定のまま放置して有名無実の扱いをしているものでないことなど以上の諸事情と、他方秘指定の根拠については、当局が何故その措置を必要とするかについても、それぞれ責任ある実質上の理由を説明し、それが単なる係官のこじつけや個人的知識のら列や希望ということでなく、当該文書の具体事項を特定して最大限に許された範囲にわたつて詳細な理由を付加し、その理由も自衛隊の特殊な任務遂行との関連上、至極もつともと納得のいくことであるということとに徴し、かつ、また加えるに各秘密事項がいずれも従来実質秘とされている前示日米相互防衛援助協定に件う秘密保護法に定める防衛秘密と殆んど同種ないし類似する事項であることをも併わせて考えると、右各文書は、航空自衛隊の将来にわたる重要な諸計画に関する文書として、さしずめ右自衛隊法五九条に定める秘密に該当するのではないかと考えられる。

(3)  つぎに、弁護人および被告人において、本件文書に関し、以下のように種々の観点からその秘密性のないことを主張しているので、順次この点を考察することにする。

(イ) (国民の知る権利)

弁護人らは、自衛のための武力の程度、現実の武器装備が憲法の条項の限度内にあるかどうかについて、国民は、これを判断するのに必要なあらゆる情報を受ける権利があり、そして、検察官が秘匿を要するものと指摘した航空自衛隊の装備計画に関する事項、装備の必要性の分析、有効性の証明に関する事項等のほか部隊の編成、配置にも当然国民主権の原理上、憲法二一条によつて保障された国民の知る権利により本来的に秘密などないはずである。したがつてかかる秘密のあることを前提としている本件の前示秘密保全に関する訓令ならびに達は、いずれも憲法の右条項に違反し、無効であるから、本件各文書になされた秘の指定は無効であり、けつきよく、本件においては実質秘、形式秘いずれにも該当するものがない旨主張している。

防衛庁設置法、自衛隊法等の上からすれば、自衛隊がいわゆるシビリアンコントロールのもとにおかれており、自衛隊の人員、組織、編成、装備等重要事項につき国会が予算の審議権をもち、また、自衛隊の行動についても、国会に承認権があり、そして自衛隊は、わが国の防衛をすることを主任務としていることは疑いないから、これら二、三の点を一べつしても、自衛隊は、一方では、いわば国民的合意を必要とする国の防衛という課題を主任務とするとともに他方において民主主義国家の原則ともいうべき文民統制をもつてその堅持すべき特色としていると言えよう。

ところで、憲法上国民は表現の自由を保障され、その一つの適用面としていわゆる「知る権利」も保障されているといわれる。すなわち、「民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料」を得るためにも「知る権利」があるというのである。これは、たんなる国民の好奇心を満足させるためのものでなく、国民として「一定の事実を知ることに正当な関心」があると考えられるばあいに保障されるものとおもう。国民が防衛問題に関心をもつのは、まず、「正当な関心」といつてよいであろう。その意味で、これは国民の知る権利の対象となりうるものと一般的には言えると考える。しかし、「知る権利」といつても、もとより何らの制約を受けないものでないことは、右憲法二一条その他の規定自体から疑いない。これは、決して、事実の一切を明らかにしないで闇に葬り去ることを是認することを意味しない。「知る権利」といつても、これは、本質的に社会的なものであり、したがつて当然公共の福祉の要請からくる利益の調整が問題になる可能性があるというにすぎない。

本件各文書に盛り込まれた事項は、前段認定によれば、いずれもその秘密性の重要度において軽重の差があるにしても、ともあれ、第三次防衛力整備計画の一環をなすもので、主として内局もしくは国防会議に対する計画の説明資料といつた性格のものもあり、国の防衛政策上からも、また官庁の行政事務の円滑な推進上からも、これをこの段階において秘匿するのが全般的観点からして得策であるとしたものであつて、かかる措置は、問題が国の防衛問題に関する事項だからといつて当然許されないということにはならない。また、前示訓令等が本来的に憲法二一条等に違反するということもできない。

(ロ) (立案過程の文書)

弁護人は、幕僚の立案過程での文書は秘密たり得ない、と主張する。すなわち、本件文書は、いずれも空幕の運用課および防衛課で立案され、「通電案」は他課に対し、「概要」および「業計第一分冊」は内局防衛局に対し、また、「について」は国防会議事務局に対する計画案の説明資料的な性格をもち、どれも航空幕僚長の決裁を経た文書でなく、たかだか立案者の個人的知識、希望の域を出ないものであり、他方仮りに将来手続を経て確定して、内容的にも秘とすべきものを包含しているとしても、それまでには、削減変動の可能性があるものであつて、ここに秘密とすることのできないものである、というのである。

右各文書は、前段説明に徴すれば、前記のような成案過程を経てそれぞれ秘の指定を受けたものであつて、その内容が、立案者の個人的希望の域を出ないものとすることはできない。もつとも、未だ、防衛庁における最終の確定計画といえないことは、弁護人のいうとおりである。しかし、前掲証人鏑木健夫、同白川元春、同遠藤彰、同山田良市らの述べるところからも明らかなように、当該文書におりこまれた各事項がいずれもわが国の防衛に重大な関係をもつ計画に関することであり、したがつて、その計画の最も効果的な実現をはかるため、それぞれ責任ある担当者において各方面と接衝し、また調節しつつ検討を加えることは、ぜひ必要なことであり、また重要なことと思われる。そして、その間において、たとえ修正、変更を加えられることがあつてもむろん、それは当然のことであつて、そのゆえをもつて、初めから対象事項が無意味、無益なことであつたということにはならない。むしろ、計画の対象のもつ重要な秘匿性とともに、その協議、検討の過程においても、これを部外者に秘匿したうえ、その作業を押し進めることは、行政事務の円滑を図るうえでも妥当なことであろう。立案過程にあるとの理由で当該文書が本来的に秘密たり得ないとの主張は理由がない。

(ハ) (軍事常識等にあたる)

弁護人らは、本件各文書に盛り込まれている秘密事項中、たとえば、レーダーにECCM能力を付与すること、新しいレーダーの性能(①⑨⑪)、レーダー覆域上の弱点(①⑨⑪)、AEW機の開発(②)、F一〇四の弱点(⑥⑨⑭)、ナイキの弱点(⑥⑨)、侵攻の対象勢力(⑱)などという事項は、いずれも、軍事的常識、または世界の軍事的すう勢にあたる事項であるか、さもなければ軍事専門家によつて知りうるもの、ないしは、それから容易に推理されるものであるから秘匿を要する事項でないと主張する。

いわゆる社会通念上、ある事項が常識の部類に属するものは、たとえそれが軍事的なものでも、これを秘密ということはできないであろう。ところで、三次元レーダー(三Dレーダー)の採用は、世界の軍事的すう勢であるとしても、証人佐戸井長吉によれば、相手の侵攻計画からすれば、わが方の弱点を示すことになり、それが、バッジ組織の運用とともに、「高度」という要素が判明するので防空上の観点から極めて不利益になるということであり、また、本件文書に出てくるレーダーは、米国製のもので、米国の技術指令書(T・O)では、ECCMというものは、極く大事な秘密事項とされているとのことである。また、レーダーの覆域について、被告人は、レーダー基地は、全国で二四個あつて、日本のレーダー基地の高さと周辺の地形を見れば、レーダーの覆域図はハッキリ作図できるもので、弱点が分るということにならないという。しかし、証人佐戸井長吉によれば、これを強く否定する。AEW機(早期警戒機)は、レーダー覆域上の弱点やレーダーサイトが破壊されたさいの弱点をカバーするもので、これを開発することは、世界の軍事的すう勢であるとのことで、このことは、証人佐戸井長吉、同鏑木健夫の各供述でわかる。ところで、右証人らによれば、AEW機は、使用電波がUHF、VHFということなどからその行動半径に相当の制約があり、したがつて、連絡の地上局が判明すれば、AEW機の行動範囲というか、作戦上の機能発揮というものが限定されることになり、防空上の不利益であると説明される。これに対し、被告人は、その弱点を暴露することはあり得ないとする。すなわち、AEW機は、日本海側のどこを飛んでも、すぐにバッジ組織の中に入り、また太平洋側についても、D、CまたC、C用設備との交信ができ、これで日本の重要なところを覆うことになる。しかし、軍事常識上、外敵の侵攻との関係では、日本海に重要性があるからして、当分の間有人爆撃というものに対処すべきであり、したがつて今AEW機用の通電設備の地点が判明したとしても、従来のどの地点が弱点であつたかわからないなどと、極めて専門的方向から反論している。つぎに、F一〇四戦闘機の弱点につき、証人白川元春は、要するにF一〇四には全天候性、ECCM能力にともに弱点があるとし、(同証人は、同戦闘機に抽象的に二つの弱点があると言つただけであつて、積極的にこの二点をあげたのではない。弁護人のその旨の反対尋問を肯定したにすぎない。)これに対し、被告人は、この二つの能力が過去の一時期より現在の時点で遅れて来るということは、天下周知のことで、F一〇四戦闘機に限らない。そしてF一〇四にナサール(照準器)をそなえていることも公知の事実であつて本件文書のその点の記載に全然秘密性がないと強調する。ところが、この反論に対し、さらに証人山田良市は、これを否定し、「それは、被告人のいうような何ら具体性のない、文学的表現のものではない。」「それには、極めて重要な数字が入つている、これは全天候性のF一〇四戦闘機のもつ武器の対処できない一定のスピードのことが数字で示されている、」というのである。そして、さらに「相手は、こういつたものを知ると、わが方の防空上の弱点になる」という趣旨を説明する。ナイキの弱点について証拠をみてみよう。証人白川元春は、「ナイキの対空誘導弾について、射程が短いとか、移動性が足りないとかいうことでなく、対空弱点が一つある、」とする。被告人は、これに対し、自己の専門的立場から、三次防の見地でみると、少しECCM的に弱いから米軍なみに目標追尾レーダーをもう一基増したいという要求があつて、これらのことが、本件文書の記載の主体なのである。米軍のナイキ中隊に比較して自衛隊の現在のナイキ中隊は、TRRレーダーが少い。その点ECCM的に弱いことになるので、これを是正したいというのがここの表現であつて、このTRRが一基少ないということは、ナイキ陣地に近づけば、一目でわかることである。したがつて、レーダーが何基あるかは、素人でも、すぐわかるし、専門家ならこれは、TRRが足りないのだと判断がつくから、ナイキの弱点を記載したということにはならない、と説明している。ところが、これに対し、証人山田良市は、これには間違いがあると指摘する。そして専門家がみれば、レーダーのことはわかるかも知れない。しかしそのレーダーのECCM能力については、外国の例と同じように、秘匿性がある。ECMにしてもECCMにしても、各国ともちよつとしたことがわかると、次から次と対応策を講じていて、それについては、厳重な取扱いもし、秘匿もしている趣旨を述べる。以上主なるものを概観しても、当該事項の秘匿性について、極めて専門的視野からの評価が行なわれていて、被告人のこれに対する見解と大きな差のあることが分かる。ところで、被告人も、前にふれたように、軍事知識については、一応専門的な見解をもつており、したがつて、検察官側各証人の説明に対する反論も一部そういつたことが成立つのかも知れない。しかしそれが、いわゆる常識に当るかどうかは、上来の説明内容自体からこれを肯定することはできないし、秘匿すること自体が無意義であるとするほど容易に推理されることでもないと考えられる。また、右に摘示された各項目中には、一部軍事専門家にすれば、軍事常識に該当するものがあるのかも知れない。例えば、ナイキの弱点は何か、というようなものについてのごときである。しかし、軍事専門家に判明するものは、すべて秘密たり得ないということは、どうであろうか。ことに、本件で秘匿事項として検察官のかかげるものは、個別的に理由を挙げれば、そのような実質的な秘の理由をあげることが可能だということであり、現に本件各文書の立案者たる前示各証人によれば、各文書の中には、特に秘でないものもあるけれども、総合して、一体をなすものとして観察すれば、その文書の全部が秘となるというのである。したがつて、右のナイキの弱点にしても、そのことだけを取りあげて抽象的に論争すれば、弁護人主張のように、例えば、証拠とされている「日本の自衛力」七〇頁以下にあるような分析もできるかも知れない。しかし、第三次防衛力整備計画に移る前段階として現在の態勢はどうか、という分析をし、その問題点を総合的に検討するときは、さらに違つた重要な意味をもつことは、何にも本件にかぎらず、日常一般に経験するところである。被告人は、この点に関し、検察官に対する昭和四三年三月一二日付供述調書の中で本件の文書たる「概要」二頁「第2、1防空作戦能力」とある項目などは、とくに秘匿度の高いものである旨述べている。弁護人のこの点の主張を採用しない。

(二) (当局者の公表)

弁護人らは、昭和四一年四月五日、防衛庁の島田防衛庁局長が、本件各文書の事項のうち、対空誘導弾のこと(⑯)、レーダーについてのこと、(①⑨⑪)、F一〇四の欠点と新戦闘機についてのこと(⑥⑨⑭⑲)、ナイキについてのこと(⑨⑰⑲)などを新聞記者に公表したことがあるから、少なくとも右の各項目等もはや秘密でないと主張する。

第三次防衛力整備計画に関連したことで、島田防衛局長が昭和四一年四月五日記者会見をし、非公式ということでその装備に関する計画の概要について発表したことは、被告人の第九回公判における供述記載や証人山田良市の供述ならびに押収してある「世界」昭和四一年六月号(一二五頁以下)及び自衛隊年鑑(四九二頁以下)の記載からいつても、これを窺い知ることができる。しかし、そのさい、発表されたことの具体的内容そのものは、右二つの文献を比較してみても相当の差があるのみならず、被告人と右証人のこれに対する受け取り方も大分違つているので正確なことはわからない。そして右文献そのものから考えても、これらは、それぞれの執筆者が、島田局長の発言とその他から入手していた資料とを総合して記事にしたものとも考えられるふしがあるので、上来説明した本件文書の内容とは相当趣きを異にしているとおもわれる。それゆえ、いずれにしても、右の記事があるからといつて、本件各文書にある事項それ自体が、そのまま公表されたものと認めることはできないし、現に、例えば、右証人山田良市によれば、FXの採用はともかくとして、総枠の数字などに全然別個のものが書かれていることなどが指摘されている。したがつて、右記者会見があつたからといつて、これにより右各事項につき本件各文書の当該部分の秘密性がなくなつたと判断することはできない。

(ホ) (前提条件等を欠くもの)

弁護人及び被告人は、撃墜率(⑥)、弾薬(⑦⑮)、F一〇四の可動率()などに関して、計数などであつて、前提条件や根拠の示されていないもの、あいまいなものは、秘密とする価値がないから右事項に触れている本件文書の当該部分には秘密性がないと主張する。

1 撃墜率について

証人白川元春は、「概要」のうち秘とすべき部分は前示⑥の項目であり、そして、とくに秘とすべきものは、そのなかに書かれている撃墜率何%の記載であると説明する。そして「について」の前示にある撃墜率に関する記載も同じであつて、この撃墜率というのは、わが方がいつたい、どの位の力をもつているかという評価をするにさいし、相手の来襲様相を設想し、これにわが方の兵力で応対してどの位の撃墜が得られるかを定量的に検出する方法として、ウォーゲームをやつている。われわれとしては、米軍の知識も得て、そこに出た数字としては相当精度の高いものと考えており、わが方の防空作戦能力を推察するに十分の信ぴよう性のあるものである、とする。(39L作業)。なお、この場合、基礎数字は、示されていないが、算出の組合せは、この文書では、現有防衛力であるから、一つの代表的なものについてウォーゲームの数字を出している。ただし、「について」のところで場合をいくつか想定して撃墜率を一〇個くらい示してあるとも説明し、要するに、ここに示された数字は、確実な資料と前提にもとづくものであるというのである。しかるに、被告人は、これに対し、「ウォーゲームすなわち39L作業というものは、仮装舞台の仮装でつて、それから出た撃墜率も数百に及んでおり、極端にいえば零%から五〇%、三〇%ぐらいの数字がみな15.5%とか、15.6%という形に出ていて、これらのどれをどのように使うかは今後に残された問題である。本件の「概要」にかかれた撃墜率の表現は、文学的表現であつて『おおむね何十%程度と見積られる』と一行書いてあるにすぎない」。「そしてそこには『39L作業』とは書いてあるが設想の内容は一切示してない。ECM攻撃の要領、強さ、あるいはこれに対するECCMにも何ら触れていない。いわんや基地の抗堪性の表現もない。」「これは、要するに担当者が三次防期間内において内局の担当者に事業の必要性を訴えているにすぎないもので、秘密性はない、」と強く反発している。弁護人らは、このように算出の基礎となつた諸元の説明のないものは、それ自体格別の重要性もなく、何ら秘密として保護に値しないという。なるほどこのような計数が示されたとき、その前提となる資料がないときは、いつぱんに説得性ないし合理性がないとも言えよう。しかし証人白川元春によれば、本件の撃墜率にはそのような条件的資料の表示はないけれども、一定の条件を組合せて出したもので信ぴよう性のあるものである。この数字そのものがわが国の出動実力の一部を示す秘匿性の高いものであるとして、何ら根拠なしに示された数字ではない、と説明する。また証人山田良市は、被告人の説明には39L作業に全面戦争というものが考えられているから確実に間違いである、と説明し、撃墜率を算出するさい、設想のデーターを沢山とればとるほど答えも多いが正確なものが得られる。本件の文書に撃墜率の数字は一個だけ示されているが極秘事項ともいわれるほど権威のあるものである、という。なお、同証人は、朝日新聞社発行の「自衛隊」には、撃墜率「一五%」という記載があり、一方毎日新聞社発行の「素顔の自衛隊」にも撃墜率のことが書いてある。しかし、これは、被告人のいうように、39L作業の結果を防衛庁が公表したものではない。そのうえ、これらは被告人のため本件各文書が漏洩された後一年後に発行された点に疑問をもつが、要するに、本件文書の撃墜率の記載に秘匿する価値がなくなつたものであるということにはならない、と供述する。なお、被告人は、検察官に対する昭和四三年三月一二日付供述調書において、右関係部分について高い秘密性のあることを認めている。

2 つぎに、F一〇四の可動率について述べる。

可動率について、被告人は、「これは航空機がある断面をとつたときに何%飛びうるかということを百分率で示したもので、いろいろの前提がある。」「訓練の態様、整備計画、整備支援の能力、補強の能力、経済性、安全性等いろいろ考えられる。」「実際部隊でも年間を通じ可動率は年々刻々に変る。第一分冊にある可動率は、年間を通じた平均値として書かれたものと思うが、これには何ら前提がないので、根拠も権威もわからない。」「もし、作戦時立ち上りの状態からそのご作戦の推移に応じた可動率が算定できるとしたら、これには秘匿性があると考えるが、本件のような前提のないものには、秘匿性がない」と供述している。しかしながら、証人遠藤彰は、「業計第一分冊」のこの部分について秘としたのは、F一〇四の可動率の見とおしを示しているからであつて、昭和四〇年度から昭和四二年度まで主要戦闘機の可動率を数字で示しており、わが国の秘密でも最大の対象となるものであるといい、また、証人山田良市は、「可動率については、影響する要素が大別して三つある。月間飛行時間、可動整備日数、後方支援能力であつて、この三者が密接に組合わさつて、ある種の数式により算出されるもので、わが国のみならず、外国においても何ら公表されていない」と述べている。もつとも、証人遠藤彰によれば、明確な理由はわからないが、米国ではこれを公表しているとのことである。また、証人山田良市によれば、「業計第一分冊」には、可動率の前提である諸元は、とくに示されていないとのことである。しかし同証人によると、そこに並べてある三部隊の過去の実績による数字が、前記の三要素とともに前提として考えられていて、したがつて、たんに一つの数字が無根拠にあがつているものではない、という趣旨がわかる。

なお、被告人は、検察官に対する前示供述調書のなかで、F一〇四戦闘機の可動率の見とおしの項目は、秘匿度が高く、人によつては秘密と考えるものもいるが、むしろ総合編集の結果秘匿性を有するものと考える旨供述している。

3 また、被告人は、空対空ミサイル(サイドワインダー)に保有定数というものはないというけれど、証人白川元春の供述等にかんがみ、その点に関する記載に秘密性がないとは言えない。

4 以上に示したところからすると、抽象的に考えたばあい計数的事項に、前提条件や根拠を示されないときは、それだけ説得性を欠くことになり、作用上の価値がないと言えるが、右については、いずれもそのようなものでないことがわかる。もつとも本件の文書そのものには、その根拠となつた前提条件などの記載が示されていないようであるけれども、右文書の性格上、立案者がその必要がないと判断したものであり、ことに証人白川元春によれば、撃墜率について関係者に説明するときは、別紙のチャートを併用するとまで述べているのである。これは、当然右文書の性格上そのようにしたものと考えられる。文書そのものにその前提条件等の記載を欠くからといつて、いちがいに、その合理的な秘密性がないとは言えない。弁護人のこの点の主張も採用しない。

(ヘ) (公刊された知識にあたる)

弁護人らは、本件各文書において、秘密とされている事項のあるものは、押収してある世界、防衛通信特集版第八集、同特集版第一二集、週刊防衛特信第四六三号、同第四六四号、同第四八二号、同第三八三号、日本の自衛力、自衛隊、素顔の自衛隊、安保と自衛隊、新聞記事、自衛隊年鑑、昭和四一年一月四日付朝日新聞記事切抜写、同年一〇月一一日付毎日新聞記事切抜写、昭和四三年三月一一日付朝日新聞朝刊切抜写、同年一〇月一九日付朝日新聞夕刊切抜、同年三月七日付日本経済新聞朝刊切抜写、同年三月二三日付朝日新聞朝刊切抜写、同年三月一三日付毎日新聞朝刊切抜写、雑誌航空情報三九年一月号臨時増刊などの書籍、新聞雑誌などに掲載されている事項であるから秘密でないと主張するが、それ自体、防衛庁または航空自衛隊の発表によるものであるとの証拠は一切なく、したがつて何らかの記載が示されていたとしても、それは記者が、他から入手した資料によるものか、あるいは他の資料等を総合して推測したものと考えざるを得ず、そして、当局が本件文書の秘密を解除していないことについては、今なおその秘密保持の必要性があつてのことであり、このことは、前示関係各証人の説明に徴し、十分首肯できるので、右のような書籍類に何らかの掲載があつたからといつて本件各文書が秘密でないとはいえない。

(ト) (他文書における登載)

弁護人らは、秘密の指定のない他の文書等によつて知り得べき知識は外部に伝達されることを禁止されないものであるから秘密たり得ない。すなわち、本件各文書中、(一)「通電案」については、秘密事項とされる前記①につき、「航空自衛隊業務計画説明資料(たんに業計という)第三分冊」、「三Dレーダーの必要性及び装備数についての説明資料」三枚、「重撃戦闘から見た会敵位置と測高区域」、「三次防期間のACDWレーダー換装予定表」、「対空通信用空中線レドーム設置」、「三次防(二次防反省)計画の対策内容及び経費概算」、「第三次航空防衛力整備計画の概要」に、②につき、「業計第四分冊」、「AEWに必要な地上通信設備の整備」、「AEW地上通信電子設備図面」、「AEW地上通信電子設備経費」に、③につき、「第三次航空防衛力整備計画の概要」、「対空通信覆域の充足」、「GAT覆域図」、「GAT、GAG増加計画」、「三次防事業計画審議資料」に、④につき、「三次防事業計画審議資料」、「業計第三分冊」に、⑤につき、「業計第三分冊」、「三次防(二次防反省)計画の対策内容及び経費概算」に、(二)「概要」については、秘密事項とされる前記⑥につき、とくに撃墜率に関し「業計第四分冊」、F一〇四の弱点等に関し「第三次航空防衛力整備計画の概要」、「三次防事業計画(研究開発)審議資料」、「航空装備計画―航空機改装計画」、「業計第四分冊」に、⑧につき、「第三次航空防衛力整備計画の概要」に、⑨につき、F―Xの選定に関し「業計第四分冊」、ナイキ部隊の増強等に関し「第三次航空防衛力整備計画の概要」、「三次防計画(ナイキ関係通信機器取得計画」(前同押号の六二中12)、「業計第四分冊」に、⑩につき、「三次防事業計画審議資料」に、⑪につき、「三次防事業計画審議資料」、「第三次航空防衛力整備計画の概要」、「三次防事業計画(研究開発)審議資料」、「三次防(二次防反省)計画の対策内容及び経費概算」、「業計第四分冊」に、⑫につき、「第三次航空防衛力整備計画の概要」、「三次防伊藤構想に対する見解」、「三次防事業計画審議資料」に、⑭につき、前記⑥に関するもののほか、「三次防伊藤構想に対する見解」に、⑮につき、「第三次航空防衛力整備計画の概要」、「三次防事業計画審議資料」に、⑯につき、「三次防事業計画(研究開発)審議資料」に、(三)、「について」の文書については、秘密事項とされる前記⑱ないしにつき、前示「概要」に関するものと大体同様であり、(四)、また、「業計第一分冊」については、秘密事項とされる前記ないしにつき、いずれも「業計第二ないし第四分冊」にそれぞれ登載されるか、網羅されており、しかもこれらは、いずれも秘の指定がないか、さもなければ「取扱注意」の指定がされているにすぎない。したがつて本件の各文書の秘密事項とされる項目には秘密性がないものであると主張する。ところで、弁護人の指摘する本件以外の右各文書にそれぞれ本件文書の内容がそのものでないにしても、その秘の事項を含む記載のあることは右各文書の記載ならびに前示関係証人の供述に徴して明らかである。しかし、右の本件以外の各文書は、その性格上全部これを三つに分類して考察することができる。すなわち、(1)現在秘の表示はないが、もともと秘の指定のあつた文書の一部であるもの、(2)取扱注意の表示あるもの、(3)その他何らの表示のないものである。(一)、そこで右(1)の部類のものについて考察しよう。証人鈴木健夫によれば、前記「三Dレーダーの必要性及び装備数についての説明資料」三枚の記載は、本件「通電案」の少なくとも前示①の秘密事項にほぼ同じであるという。また、「三次防期間のACDWレーダー換装予定表」もそのようであるとする。「対空通信用空中線レドーム設置」(同24)も同様であるという。しかし同証人によれば、これらは、本件の「通電案」が昭和四〇年一一月一九日付で秘の指定がなされたのと同時にその詳細な説明資料として配付された秘の指定ある「三次防地上通信電子計画」の中の一部の文書であることがわかる。そして当時この文書と「通電案」は、ともに表紙だけに秘の表示がなされ、その内容の一枚一枚に秘の表示が加えられなかつた関係上、右押号の六二中の40、41、42や38さらに24の文書などにも秘の表示がないということである。当時本件の「通電案」と「三次防地上通信電子計画」という文書が同時に秘文書として配布されたことは、後記でも言及するところである。(押収してある秘密作成配付簿、前同押号の一参照)。そうだとすると、たまたま当該文書に秘の表示がなくても、これは本来秘文書の一部を形成していたものであるから、もともと実質的にも秘文書なのである。それなのに、本件の「通電案」の秘密事項がそのような何らかの理由で秘文書の一体から離れてあたかも、秘の表示のない文書のようになつたものの内容と同一だから秘密事項でないというのは、おかしいことになる。なお、右の「三次防地上通信電子計画」という秘文書は、被告人の検察官に対する昭和四三年三月九日付供述調書によると、被告人が本件の「通電案」と一緒にこれをジヨー沖本に渡したことになつている。(二)、つぎに、前記(2)の部類のものについて考える。証人鈴木健夫は、本件の秘密事項たる前示の「AEW機用地上通信設備」等についても、さしずめ「業計第四分冊」九〇頁ないし九四頁に内容的に大体同じことが盛りこまれていることを認める。そして、右「業計第四分冊」は、押収物件そのものをみても「取扱注意」の表示がしてあることがわかる。「取扱注意」の表示ある文書については、弁護人の主張は、あながち理由がないようにもおもわれない。しかし、同証人によれば、「業計第二分冊」以下を「取扱注意」の区分にしたのは当局の間違いであると指摘する。そしてこの点証人遠藤彰も、これは関係幕僚のミスだと強く訴える。ところで、弁護人は、それがうつかりして検討を怠つたためであるにしても、いつたんその措置にした以上もはや秘密の保護を受けるによしない旨主張するもののようである。たしかに、秘密かどうかについては、その外形である「秘」の表示も秘密の実質的判定をする上で重要な要素であるから、そのようなことが言えないこともない。しかし、文書が真に内容的に秘密かどうかを考えるばあい、その個々の事項が区々の取扱いになつているということは、好ましいことではないにしても、そのことを捉えて、ただちにその実質的秘密性が変容してしまうと考えるのも不自然であろう。もつとも、事柄によつては、いつたん、そのことにより外部に漏れた以上もはや秘密とする価値を失つたものなら別であろうが、本件のように個々の秘密事項が総合して一個の秘密文書を形成しているようなときには、必ずしも同じように考える必要はない。そして、右の「取扱注意」の文書等については、昭和三三年次発防2第一五一号次官通達により「秘に準じて取り扱うものとする」とされているので、「取扱注意」の文書であるからといつて、ただちにそれが職員以外のものに知り得る状態にある文書と同一視することはできない。すなわち、そのゆえをもつて、秘指定の文書がこれら「取扱注意」の他の文書と内容において一部類似した事項があるとして、その全体にわたる秘密性まで喪失したものとすることはできない。(三)、そこで進んで前記(3)の部類のものについて検討することとする。弁護人の指摘する「三次防事業計画審議資料」、「三次防(二次防反省)計画の対策内容及び経費概算」、「三次防伊藤構想に対する見解」等には、いずれも外形上秘の指定がない。しかし、証人白川元春は、これらは、その個々の内容において十分秘密に該当するものが存在しているが計画を作成する段階において担当者同士が打合せ資料または調整資料として使用する関係上別段特に秘の指定をしないで事務を進めているものであり、いわば慣例としてその秘の指定をしないだけのものである。したがつて、その表示がなくても当該担当者としては、その表示のあるものと同様、その取り扱いには慎重を期し、決して内容的にこれを外部に公開してもよいという趣旨でその表示をしていないものではないという。おもうに、文書が立案過程にあるという、ただそれだけの理由で本来的に秘密たり得ないものでないという点については、前述した。だから、その意味で、たとえ審議中または打合せのためでも、慎重を期することと外部への漏洩を防ぐうえからも、秘の表示をしたほうが好ましい。しかし、他方それをしなかつたとしても、右のように幕僚間の討議資料といつた性格の文書については、その実質を基準にして判断するべきものである以上、そのゆえをもつて本来からの秘密性を失うことにはならない。ただ、そのような文書を万一外部に漏洩しても、服務規律違反の点は格別、漏洩の罪として刑事上の処分を追及されないにとどまる。

以上の理由により、本件において証拠上当局が未だ公表したと認められない秘の表示ある本件各文書については、秘密性がなくなつたということはできない。弁護人の右主張を採用しない。

(チ) 弁護人らは、その他GATおよびGAG、FXの要求性能ないしはその選定条件をはじめ各項目について、前同様、軍事常識であるとか、国民に公表してその協力を得ることが先決であろうとか、合理的な秘密の範囲の限界にないなどの点を主張して、それぞれに実質的秘密がない旨争うが、前掲証拠標目掲記の各証拠をし細に検討し、前同様いずれもその理由がないものと考える。そして、秘密性の判断につき、被告人もその方面の専門的知識の持主として、その公判廷における見解は、それなりで全く無意味なものとは考えられないけれども、一方その検察官に対する前示各供述調書においてその秘密性を肯定している点は、前示各証人のこの点に関する説明と比較対照して考案すると相当重視されねばならない。

(4)  以上(3)における弁護人らの主張は、すべてその理由がないから、結局、本件各文書は、いずれも自衛隊法五九条に定める秘密に該当するものと認められる。そこで、判示のように認定することとした。

二本件各文書の漏洩について

(1)  判示第一の事実について

弁護人および被告人は、判示第一の事実に関して、被告人が、本件の「通電案」を沖本に貸付した当時、それには秘の表示がなく、また、その「通電案」が、他の文書とともに一綴になつていたため、その綴の中にそれが綴られていることを忘れていたから、まず第一に法律上秘の文書を漏洩したことに当らないし、第二に当時秘の指定がつけられていたとしても、その認識を欠いていた点で、いずれにしても本件の犯罪は成立しない旨主張する。そこで順次証拠を検討する。

(イ) まず、貸与当時右「通電案」に秘の表示がつけられていたかどうかについて

1 ところで、加藤玲子の検察官に対する供述調書によると、自分は、昭和四〇年四月から、伊藤忠商事株式会社航空機電子第一課に勤務していたが、同年一一月ころの土曜日にヒューズ社の沖本の止宿しているヒルトンホテルにいつていた上司の森富大に呼ばれ、同ホテルへ行き、同人から大型封筒入りの文書を渡され、「これを三友社へ持つていつて写し終るまで待つていて終つたらこちらまで戻すように」といわれ、そしてその日午後一時ころオリジナルだけを持つてヒルトンホテルにもどり、多分これを沖本さんに渡した、というのであり、また、証人森富大の第四回公判調書中の供述記載によると、自分は、伊藤忠商事株式会社航空機電子部電子第一課の課長代理であるが、自分のダイヤリーによつて記憶をよみがえらせると、昭和四〇年一一月二七日ヒルトンホテルに沖本を訪ね、沖本から書類のコピーを頼まれ、そこで自分は、会社から加藤玲子を呼び何枚か綴つた書類の入つた封筒を渡し、三友社へいつてコピーしてくるようにと命じたのち、今度は自ら三友社へ行つて、コピー二部、裏焼原紙およびマイクロフィルムを受け取り、これらを沖本に渡した。その間に加藤は原本をもつてきて、これを沖本に渡した。それらは、バッジ計画を主とした建設計画の類であつたと思うが、それから一週間以内の間に、沖本から参考のためにコピー一部を貰い、裏焼原紙は同人から焼却するように頼まれてこれを受け取つたことがあり、その裏焼原紙の一枚の裏面には、沖本の字と思われる字で「焼去Burn」という記載があり、また渡されたコピーや裏焼原紙には、あとで気がついたが、「秘」という表示が入つていたというのである。そして、押収してある物品受領証に編綴されている三友社の伊藤忠商事株式会社電子(1)加藤様とある昭和四〇年一一月二七日付物品受領書には「3次防バヌンジ計画の概要、撮影102、CHA3102、焼付A3204」とあり、また同日付会計カードにも金額のほか右と同様の記載があり、右証人によれば、これがこのときの三次防バッジ計画の概要の撮影とコピー、焼付に関するものであるということである。また、前示三次防地上通信電子計画概要(案)裏焼原紙一三枚についても、同証人および証人為我井忠敬は、これがそのとき沖本から受け取つたものの一部でその中の一枚(指揮管理通信とあるもの)の裏面に赤の文字で「焼去Burn」と大きくあるのは、沖本の筆跡である。そして、これには「秘」の表示も「19」の番号も入つていると説明する。一方、庄司春男の任意提出書、押収してあるフィルム(三友社の封筒入り)および同フィルムを引き伸して写した写真綴一冊によると、右フィルムでは最初の「4RF|86Fのパノラムカメラ…」とあるコマから六一コマないし四九コマまた、右写真綴ではナンバー61ないし49にあるものが、本件の「通電案」に相当するもので、右の沖本から渡された裏に「焼去、Burn」と赤で書かれた裏焼原紙一三枚と全く同一の内容であり、しかもこれには、やはり「19」の番号のほか「秘」という表示も写し出されていることが明瞭である。これら一連の事実をみると、ジョー沖本が入手していた「三次防地上通信電子計画概要(案)」という文書は、昭和四〇年一一月二七日ころ伊藤忠の社員森富大の手から同同社の加藤玲子の手を経て三友社でマイクロフィルム等におさめられ、さらに裏焼原紙なども作られ、これが前示のような経過でそれぞれ現在証拠物として存在するものと考えられる。そしてその間にすなわち沖本の入手後において目的物件のすりかえその他改ざん等の事実が認められないのであるから少くとも沖本が持つていた原本と同一のものがフィルムに納められ、あるいは裏焼原紙として現在存在すると断定せざるを得ない。

2 さて、「三次防バッジ関係」という綴が、その内容の認識は一応別論としても、起訴状記載の日時場所で被告人の手からジョー沖本に手交されたことは被告人自身の認めるところである。そして、秘密作成配布簿中、整理番号95―2「通電案」の配布に関する記載部分によると、その裏側にある「40,11,22」「川崎一佐」の署名について、被告人自身これが自己のものであると認めているのであるから、被告人が自分で本件の「通電案」の一九号を昭和四〇年一一月二二日に配布を受けたものとおもわれる。また、右秘密作成配布簿の整理番号95―3「三次防地上通信電子計画(除ナイキ通信電子)」の配布に関する記載部分の裏側にある「川崎一佐」の署名については、被告人においてこれは、自分の字ではないようである旨供述し、その受け取つたこと自体を争つているように見えるが、この署名と前記95―2の方の署名である「川崎一佐」の署名とを比較すると、ことさら異つた筆跡ともみえず、むしろ、同一とみえるし、それに、保田井昭七の検察官に対する供述調書からみると、防衛課に対し、「三次防地上通信電子計画概要」(これは前記95―2とおもわれる)と「三次防地上通信電子計画」(これは前記95―2とおもわれる)とか一緒に五部づつ配布され、配付の日付も昭和四〇年一一月一九日付にまちがいないということであり、そして他方鈴木習三の検察官に対する供述調書によると、バッジ室の昭和四〇年度秘密接受保管簿では、「三次防地上通信電子計画」という秘文書は昭和四〇年一二月一〇日整理番号九六六で接受さているが、発簡年月日が同年一一月一九日付で一連番号が一九号、そしてこれは、具体的には、自分がその日に川崎一佐から受け取つて記帳したもので、その備考欄にそのことを示す意味で自分が鉛筆で「川崎」とうすく書いておいたということであるから、以上のことから判断すると、右の95―3で配布された文書も被告人自身が、前記65―2の方と一緒に同年一一月二二日に受け取つたものと考えられる。したがつて、被告人において、右バッジ室で接受した昭和四〇年一二月一〇日以前には本件の文書たる秘の表示のある「通電案」を受け取つていないという趣旨の弁解は、全く理由がない。

3 右1および2で説明したこと、さらに前記裏焼原紙の一枚目の表に被告人の書いた文字があることにつき被告人自らこれを認めていること(第一五回公判)ならびに右配布簿には、「四一、二、一五までに破棄」という秘密区分の条件があるのに対し、前記のように沖本の方から渡されて来た前記裏焼原紙ならびにフィルムの当該部位にも同様の記載があつて細部にわたつて両者の間に符合した点がある事実とを総合して判断すると、沖本の入手した「通電案」は、被告人から渡されたものに相違ない。しかもその渡された「通電案」の原本と右フィルムおよび裏焼原紙一三枚は互に同一のものであつて、後者のフィルムや裏焼原紙が前者を原本として作成されたと言うほかなく、この事実は証拠上全く疑問の余地がない。証人藤本顕通のこれに反する供述は、右の認定からしても、また右「通電案」の原本が被告人の手からしても、また右「通電案」の原本が被告人の手から沖本に渡り、そのご前記のフィルムや裏焼原紙が伊藤忠に移つていたという一連の事がらが極めて短期間の間に行なわれたという点からしても、とうてい信用できない。

以上によつてみると、本件「通電案」が被告人からジョー沖本に貸与された当時これに秘の表示がつけられていたと認められる。したがつて、その表示が存在しなかつたことを前提とする弁護人らの主張を採用しない。

(ロ) つぎに、本件文書を渡したという認識がなかつたということについて考えよう。

被告人は、「三次防バッジ関係」と題する文書の綴をジョー沖本に貸与したことはあるが、そのさいその綴の中に秘の表示のある本件の「通電案」が綴り込まれていることには、全く気づかなかつたと述べている。しかし、前段で説明したように、本件の「通電案」は、昭和四〇年一一月二二日に被告人に配布付されたものと認められること、さらにこの「通電案」そのものもその直後ころ被告人の手から沖本の手中に入つたと考えられること、それに、そもそも被告人が沖本にいわゆる「三次防バッジ関係綴」を貸与した当時これとは別に機会に本件の「通電案」が沖本に渡つたという証拠もないうえ、「通電案」が綴じられていることを忘れ去るほどその間に長い日時が経過していたなどという特別の事情もなかつたことなどからすると、被告人は、当時右の綴の中に「通電案」も綴じられていたことを十分認識していたものと考えるのが相当である。けだし、真に被告人が知らずに誤つて、この「通電案」を沖本に渡してしまつたものなら、後日それと気づいたときには、当然それ相当の処置をしたと考えられるのに、証拠上そのようなことをしたことも何ら窺えないのは何故だろうか。したがつて、この点被告人が、沖本に三次防バッジ関係綴を貸与した当時、その綴の中に秘の表示がある秘密文書たる「通電案」も存在していたことを知つていたという趣旨の被告人の検察官に対する昭和四三年三月四日付、同月一五日付、同月六日付(一四枚綴)供述調書は、前示の客観状況とも符合し、これを十分信用することができるので、当時被告人がその認識がなかつたという弁解は理由がない。なお被告人および弁護人は、この「通電案」に関しては、被告人をことさら犯罪におとしいれようとする一部作為的なことがあつたかのようにいうが、全般的に証拠を検討してもそのようなことを疑わせる事実は全くない。

(2)  判示第一および第二の事実について(沖本の地位と漏洩について)

弁護人は、被告人が本件各文書を手渡した相手方は、ジョー・沖本であつて、同人は、昭和四一年一月から昭和四三年二月まで、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力および安全保障条約第六条に基づく施設および区域ならびに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定第一条(b)に掲げる軍属の地位を有するものであつたこと、バッジに関する秘密物件にかぎり米国空軍の「SECRET」まで取扱う資格があつたこと、しかも日本のレーダーサイトに立入つていたこと、および日本のバッジ建設に関与したアメリカのヒューズ社の極東部部員であつたことなどの事実があるから、バッジに関する本件文書に関しては、秘密を漏らしたことにならないからいずれも犯罪を構成しない旨主張する。

ところで、ヒューズ・エアクラフト・インターナショナルサーヴイス・カンパニー作成の回答文、日本アビオトニクス株式会社作成の回答書、防衛庁航空幕僚監部作成の回答書によると、ジョー沖本は、だいたい弁護人が右に主張するような地位を認められており、日本国におけるバッジ組織建設業務のため防衛庁では沖本の適格性確認をし、またそのサイト立入のための許可申請も数次にわたり申請され、そのつど許可されていることが認められる。しかしながら右沖本は、右のような地位にあつたとしても、同人は前記秘密保全に関する訓令ならびに秘密保全に関する達にいわゆる関係職員に該当しないし、他方被告人の第一〇回公判調書中の供述記載ならびにその検察官に対する前示証拠標目記載の各供述調書からしても、沖本においては、本件各文書の記載内容を逐一了知していたとはとうてい認められないので、右訓令ならびに達による外部への伝達手続を何ら正当の理由もなく経ずに同人に対しこれを貸与したことは、まさに秘密を漏洩したものと言うべきである。弁護人の右主張は採用しない。

(3)  判示第二の事実について

さらに弁護人は、判示第二の各文書については、いずれも被告人がいわゆる確認権者であるからこれを外部へ伝達するについても、その許否権にもとづいてジョー沖本に貸与した行為は、その幕僚長の承認手続を経なかつたことの点は別にしても、法律上漏洩したことに当らないと主張する。

しかしながら、前示訓令三〇条、達二九条によることなく、当該秘密文書等を外部に知らせることは、たとえその確認権者であつても許されないことは、右訓令、達等関係法令の解釈上疑いない。もし、そうでないとすると、自衛隊法等において秘密の漏洩を禁止したことが、これら一部確認権者のし意によつて制度上無意義にされるばかりでなく、これら確認権者のした外部伝達が、その主観的意図のいかんにかかわらず、つねに処罰の対象とならないという不当な結果となり、とうてい是認できないからである。したがつて、本件においても、被告人がその幕僚長の承認手続を経ないで沖本に関係文書の貸与をしたことが、たんにその手続違背にとどまるものではなく、まさに秘密文書の漏洩に当るというべきである。弁護人のこの主張も失当である。

三刑訴法三三五条二項の主張について

弁護人らは、本件各文書には上来主張のとおり、これに何らの秘密性がないが、かりに何らか秘匿すべきものがあつたとしても、殆んど重要性を失つたものである。しかるところ、被告人が沖本を通じヒューズ社をしてわが国のバッジ組織の建設完逐に最善の努力を傾注させるという大目的のために、沖本を支援するという意図のもとに、同人に対し本件の各文書を貸与したことは、被告人の正当の業務によつてしたものであると考えられる。かりにそうでなくとも、少くとも、被告人の本件貸与行為は、価値の高い法益のために価値の低い法益を犠牲にしたものであつて、違法性が阻却される。さらに、被告人の本件の貸与後すでに当該文書の計画は変更ないし廃止となつたから秘密保護の価値を喪失し、本件について可罰的違法性が喪失した。したがつていずれの点からしても被告人は無罪であると主張する。

しかしながら、被告人は、判示のような経歴をもち、日夜わが国の防衛業務につとめ、そしてその間今回の不祥を犯したさいにも格別これによつて私腹を肥したという証拠もないということは、十分理解できるけれども、証拠上被告人の本件行為がバッジの建設業務完逐のためにした正当業務による行為とは認められず、また法益の権衡上その違法性が阻却されるべきものとも考えられない。そして前示関係証拠によれば、本件各文書による計画については、一部その変更があつたとしても秘密解除等のこともない以上、これにつき可罰的違法性が喪失したとも言えない。したがつて弁護人の右法律上の主張は理由がない。

よつて、主文のとおり判決する。

(向井哲次郎 真田順司 中西武夫)

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